神戸地方裁判所 昭和29年(行)8号 判決 1958年9月08日
原告 川崎勇
被告 明石市市長
主文
被告が原告に対して昭和二八年二月二八日付でなした免職処分は、これを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
原告が大正一三年東京帝国大学法学部法律学科を卒業後、内務省官吏に採用され、昭和一九年秋田県内政部長を最後として退官し、同二七年一月二九日付で明石市福祉事務所長に採用され、その後同二八年一月九日付で調査課主査に転補されたのであるが、被告は昭和二八年二月二八日付で原告を地方公務員法第二八条第一項第一号、第三号に該当するとして免職処分に付した。そこで原告は右免職処分を不服として明石市公平委員会に対し審査の請求をしたところ、同委員会は同年一〇月二六日本件免職処分には同法第二八条第一項第一号所定の理由はないが、第三号所定の理由があるものとして、本件免職処分を承認するとの判定をした。しかし本件免職処分は同法第二八条第一項第一号、第三号所定の正当な事由を欠き同法第二七条に違反する違法処分であるから、その取消を求める。
被告の主張に対する答弁として、被告において原告採用の経緯として主張する事実の内、則内義雄から被告に対しその主張の如き条件を呈示したことは知らない。また原告は過去において一度も酒の上で失態を演じたことはない。
と述べ、なお被告主張の各事案について順次左のとおり述べた。
一、第一、一の事案について
被告主張の滞納額の点は否認する。原告が所長在任中の滞納額の増加は僅かに金一八〇、〇〇〇円に過ぎない。原告が所長に就任した昭和二七年一月二九日現在の滞納額は金六〇〇、〇〇〇円であつた。そこで原告はその整理に当ろうとしたが、同年三月一日付で市定員条例の改正によつて住宅民生の係職員が四名減員され、同年七月頃には住宅係職員は病気欠勤の課長補佐を除き、原告外三名の職員が居るに過ぎなかつた。しかるに事務の方は昭和二六年度、同二七年度の市営住宅建設関係の事務もあつて、課員は極度に手薄の状態であつた。そこで当時の助役松尾園治の発案でその頃新設された市税特別整理事務所において右滞納の整理にあたることとなつた。かくて滞納額は同二七年度分として金四一〇、〇〇〇円、同二四年ないし同二七年度分として金七八〇、〇〇〇円を残すのみとなり、就任当初に比し市営住宅は戸数にして一三二戸を増加し、総数一、〇〇〇戸を超すに至つたが、同二七年度末までに僅か金一八〇、〇〇〇円の滞納額の増加をみたに過ぎない。しかも右滞納額金七八〇、〇〇〇円の内、金五五〇、〇〇〇円(内昭和二七年度については金二五〇、〇〇〇円)は明石市東本町、大明石町の各店舗の賃料であつて、この徴収については根本的な解決策を必要とする特別事情があつた。原告はこの対策を考慮中調査課の方へ転勤させられたのである。したがつて右金一八〇、〇〇〇円の滞納額の増加をみたからといつて決して原告の勤務実績の良くないことを示すものとはいえない。
二、第一、二(一)の事案について
原告が被告主張の川崎産業株式会社所有地を買収するため同社社長砂野仁等と面接したことはあるが、原告の交渉拙劣のため交渉が決裂したというのではなく、市側としては坪当り代金として金三〇〇円ないし金五〇〇円を予定していたところ、相手方では最低金二、〇〇〇円の線を出して来た。よつて原告としてはその価格の開きが余りも大きかつたので交渉を続けることができず、昭和二七年七月四日右買収案を放棄したのである。
三、第一、二(二)12及び第二、三(四)の事案について
(一) 市営住宅建設用地の第二候補地として西明石イエス団所有の大池土地が選定されたこと、その土地について兵庫県が賃借権を有し、住宅組合は転借権を有していたこと、原告が主管者として大池土地賃借のため、被告主張の各関係者と交渉の結果、昭和二七年九月四日右関係者との間に右土地賃貸借について協議が成立したこと、市から住宅組合に対し同組合施設に対する補償金を出したこと、右土地耕作者の立退、離作料の問題につき、住宅組合長多田順一が耕作者代表である利用組合役員と交渉を重ねたが、金額の点で交渉が難航したこと、被告主張の頃、市において住宅建設工事に着手し、工事を進めたこと、昭和二七年一〇月一六日明石市明石地区農業委員会から被告主張の如き通告があつたこと、これに対し原告が直ちに兵庫県知事に対し使用目的変更の申請手続をとらなかつたこと、市から耕作者に対し離作料として坪当り金三〇円(但し内一〇円は住宅組合負担)を支払つたことはいずれも認めるが、その余の点は争う。
(二) 被告は原告が右農業委員会に対し反逆的態度に出て容易に使用目的変更申請の手続をとらなかつたことを理由として原告に対し建設工事遅延の責任を問わんとするが、原告はなんら反逆的態度をとつた訳でなく、またそのため申請手続がおくれたのでもない。すなわち、右申請手続をとるには耕作者の起工承諾書の入手、立退の交渉は、前記協定以来原告及び原告の代理人として実際に交渉に当つた多田順一の必死の努力に拘らず、離作料の点が障害となつて容易に進捗せず、やうやく昭和二七年度市営住宅建設に必要な用地の耕作者五二名中四九名から起工承諾書を入手し得たのは同二七年一二月一七日のことであつた。以上の次第であるから右申請手続が被告主張のとおり同月一五日となつたとしても、それは原告の反逆的態度によるものではなく、それまでに起工承諾書が得られなかつたためである。
もつとも、原告は大池土地が農地である旨の前記農業委員会の通告に対し疑念を抱き、右土地が農地でないとの見解をとつたことはあるが、それは必ずしも原告の独断ではなく、それ相当の理由があつた。すなわち(イ)大池土地は元部落有の溜池であつたが、戦時中、川崎航空機工業株式会社の工員厚生施設の建設用地として埋立てられたものであること。(ロ)昭和二二年一二月一九日明石市農地委員会において大池土地につき旧自作農創設特別措置法により買収計画を樹立したが、右会社の異議の申立により結局買収されなかつたこと。(ハ)大池土地はイエス団から県に対し公営住宅建設のため賃貸中であること、(ニ)大池土地が農地でないことについては前記各関係者において何らの疑惑を持つていなかつたこと。以上の各事実に照らして原告が大池土地を農地でないという見解をとつたのである。もとより権限のある当局からの通告に対しては、これを尊重する必要はあるが、その法的根拠が分明でない場合は市の事務担当責任者として、いたずらに相手の見解に盲従すべきではなく、納得の行くまで検討、研究し、若し相手の見解に誤りがあればこれを争う自由を有するというべきである。原告としては、いたずらに農業委員会に反逆して争つたのではない。しかも原告が当初前記通告と異る見解をとつたことは、手続のおくれたこととなんの関係もないのであるから、いずれにしてもこれらの点に関する被告の主張は理由がない。
(三) 被告は原告に行政手腕がなく、かつ交渉拙劣のため、耕作者に対し高額の離作料の支払を余儀なくさせたと主張するが、戦後、食糧不足の折柄でもあつて、市が地元民の要請によつて所有者と交渉し、地元民が大池土地を耕作し得るように尽力したという事実もあつて、市としては一概に耕作者を不法占拠者として無視し去ることができない立場にあつた。一方、耕作者は農地解放の気運に乗つて、大池土地の解放を得ようとしているときでもあつて、同人等にその明渡しを求めるのは容易なことではなかつたのである。原告は前記の如く、前記協定後、多田順一を通じ耕作者との交渉に力を尽し、昭和二七年一二月一七日までに、同年度市営住宅建設用地の耕作者五二名中、四八名から立退の承諾を得た。しかして、この交渉で最も問題となつたのは離作料の額の点であつたが、交渉開始後、僅か三か月間に、坪当り金三〇円(但し、市の負担は金二〇円)という低額の離作料で問題を解決したことは、むしろ多年にわたる原告の内務地方官としての優秀な行政手腕によるものというべきである。しかも大池土地は交通至便、整地は殆んど不要、借地料は僅か坪当り金二円の好条件を揃え、西明石の発展への寄与等をも考え合せば、金二〇円の離作料の支出は市にとつて決して多額なものとは云えない。
四、第二、一の事案について
被告主張の如く、原告において就任以来、出勤簿に捺印しなかつたことは認める。しかし、その理由は原告が就任後、助役に対し捺印の要否を相談したところ、助役からそれには及ばないとの回答があつたので、原告としては、我国の官公署においては上級幹部、独立組織体の長は出勤簿に捺印しない慣行があることを考え合せて捺印しなかつた。しかし原告はそれによつて勤務を怠つたことはなく、終始寝食を忘れて担当事務に精進したのである。
五、第二、二の事案について
執務中、飲酒した事実は否認する。尤も、勤務時間外において庁内で飲酒したことはあるが、それは次の事情によるものである。すなわち、前記の如く原告は多田を通じて耕作者と立退交渉を行つたが、同人を起用した理由は、住宅組合が、既に、大池土地の一部に住宅五戸を建設し、その際、多田順一は組合長として耕作者との間に土地明渡の接渉を重ねた経験もあり、同人を起用するのが問題解決の上で良策と考えたからによる。さらに、同人とは直接住宅組合の転借権放棄に対する補償金の問題について交渉する必要もあつて、当時同人とは屡々協議や打合せの機会があつた。しかして同人は原告の要請に応えて、右両問題とも、市のために力を尽してくれたのであるが、同時に大の好酒家であつたため、勤務時間後において、同人やその部下土井義行と協議、打合せの際、時に、その労をねぎらう意味から冷酒を二、三杯あて接待していたに過ぎない。しかもこの用地問題の解決にあたり、関係者を適宜接待することは、当初において、被告の承諾を得ていたことであつた。したがつて関係者を他に招待することによつて生ずる経費の浪費をさけるため、ささやかに同人等を接待した前記の行為はもとより許さるべきことである。
六、第二、三(一)ないし(三)の事案について
被告の主張事実を否認する。
七、第二、四の事案について
前記協定は兵庫県から明石市に対し、大池土地約五〇、〇〇〇坪の賃借権を譲渡するという内容のものであつた。もつとも右協定に際し、当事者間に左記内容の諒解事項があつた。すなわち、(イ)県が将来、大池土地上に住宅を建設する場合には市においてこれを許容する。(ロ)住宅組合は既存の住宅五戸及び昭和二七年度の住宅建設予定地として三、五〇〇坪を使用する。以上のことであつた。明石市としては、この価値ある大池土地を有利な条件で入手する以上、この程度のことを認めるのは、もとより当然のことであつて、しかもこの経過は被告に報告済であつて、被告主張の如き虚偽の報告をしたことはない。
八、以上の如く原告には所長としてなんら被告主張の如き免職事由がないのであるが、昭和二八年一月九日付で調査係主査に転補されたのちも、原告は進んで調査研究に励んで来た。このように原告は右主査としても十分にその職責を果して来たのであるから、その勤務実績に欠けるところはなく、また、原告の学識、経験からしても、調査、研究という方面の職務は最も得意とするところであつて、その職に必要な適格性を欠くこともないと信ずる。
なお、原告が在職中、市長、助役等の上司から一度の注意などを受けたことがないが、これは原告に被告主張の如き言動がなかつたことを示すか、仮にその事実が一部あつたとしても、それらは免職事由となるべき地方公務員法第二八条第一項第一号、第三号に該当するに至らない軽微なものであつたことを示す証左である。以上のとおりであるから原告を同法条に該当するものとしてなした本件免職処分はその理由を欠き、同法第二七条に違反する違法処分であるから取消を免がれない。
(証拠省略)
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実は本件免職処分が違法であるとの点を除き、全部認める。
被告において原告を採用するに至つた経緯は左記のとおりである。すなわち、原告は大正一三年東京帝国大学法学部法律学科を卒業後、内務省官吏に採用されたが、昭和一九年秋田県内政部長を最後として退官し、同二六年当時の被告市長田口政五郎に対し明石市職員に採用方を懇請した。しかし田口市長としては、原告が酒癖悪く、その性格も常人でないことを熟知していたので、明石市職員としての適格性に疑問を抱き、その採用を躊躇していたところ、原告は同人の知人を介し、なおも採用を要請し、仲介者の一人則内義雄も今後原告には一切飲酒させないとの条件を示して採用を懇請するに至つたので、田口市長も遂に右懇請を容れることにして、原告を同二七年一月二九日付で明石市福祉事務所長(以下所長という)として採用した。しかし原告は右所長在任中、勤務実績が良くなく、且つその職に必要な適格性を欠くものであることが判明したので、その辞職を勧告し、同二八年一月九日付で一時調査課主査に転補したが、原告において任意辞職に応じなかつたので、被告としては止むなく本件免職処分に出たのであるが、本件免職処分は次の事由によるものであつて、もとより適法である。
第一、勤務実績が良くない場合(地方公務員法第二八条第一項第一号)に該当する事由
明石市福祉事務所設置条例第二条、同市事務分掌規則第六条によれば、福祉事務所は所管事務として、市営住宅使用料の徴収、及び同住宅建設用地に関する事務をも取り扱うものであるが、
一、市営住宅使用料滞納額の増加
原告が昭和二七年一月二九日所長就任以来一ケ年間に、右使用料について金一、五〇一、〇〇〇円にのぼる滞納額を生ぜしめた。
二、明石市においては極度に住宅が払底し、住宅問題解決の一端として市営住宅を建設することは社会福祉事業として最も重要なことがらであつた。しかも、この建設に当つて常に問題となるのは、その用地の確保である。そこで被告は国家の補助政策に呼応して速やかに市営住宅建設の実を挙げるため、原告に命じて、昭和二七年度市営住宅建設用地の確保に当らせることとなつた。
(一) 交渉拙劣による用地買収の失敗
まず第一候補地として選定されたのは川崎産業株式会社所有の明石市所在元川崎航空機工業株式会社跡の土地であつた。そこで原告は右所有会社と右土地買収の交渉をしたのであるが、その交渉が拙劣のために、地価の点で交渉を決裂させた。
(二) 工事遅延及び離作料の問題
そこで第二候補地としてイエス団所有にかかる明石市和坂字中面所在大池跡の土地(以下大池土地という)が選定されたのであるが、大池土地について、兵庫県が賃借権を、その地上の一部に花園文化住宅モデル街区第一住宅組合(以下住宅組合という)が転借権を有していたので、原告は本件土地を借り受けるべく、兵庫県吉田建設部長、同錦田建設課長、イエス団竹内代表理事、住宅組合長多田順一と交渉の結果、昭和二七年九月四日次の協定が成立した。(イ)、明石市は兵庫県から県が大池土地について有する賃借権を全部譲受ける。(ロ)、住宅組合の県に対して有する転借権を解消する。(ハ)、明石市から住宅組合に支給する補償金額は原告に一任する。(ニ)、住宅組合は大池土地耕作者の立退について明石市に協力する。以上であつた。そこで原告は被告に右の結果を報告するとともに耕作者を立退かせるための離作料その他権利金を含めた補償金として金一、〇〇〇、〇〇〇円の支出方を申出たが、被告において、耕作者は不法占拠者であるから離作料を与えるいわれがなく、また住宅組合に対し権利金を支払う必要がないのみか、当時、原告と多田順一とは、庁内で盛んに飲酒していた事実に鑑み、右申出に多大の疑惑を抱いたので、原告の右申出を拒否したところ、原告は被告に対し、住宅組合が施設した溝、道路等に対する補償金名義で離作料等一切を解決するものとして金五〇〇、〇〇〇円を出捐してやつてくれと云うので、被告において右施設物の価格を調査した上、金四〇〇、〇〇〇円を支出した。一方、耕作者の立退、離作料の問題については、多田順一が昭和二七年九月二九日耕作者の代表たる大池土地利用組合役員と交渉を始めたところ、金額の点で全然話がまとまらなかつたが、しかし、とにかく市としては右土地に市営住宅を建設し得ることになつたので、建設課では同年一〇月三日被告に対し起工伺を立て、被告は即日これを許可して、同年一一月四日入札を施行し、翌五日から建設工事に着手し、工事を進めた。
1 ところが、明石市明石地区農業委員会は同年一〇月一六日付書面をもつて被告に対し、大池土地の大部分は農地であるから、該部分に市営住宅を建設するのであれば、農地調整法第六条の規定により知事の使用目的変更の許可が必要である。したがつて、右土地を無断で潰廃するなどの違法行為に出ないように留意されたい旨の通告をなした。
しかして原告は右通告の事実を熟知していたのであるから、かかる場合、知事に対し素直に右許可申請手続をとるならば容易に許可を得ることができたにかかわらず、右通告に反し、大池土地は非農地であるとの自説をまげず、右申請手続をしなかつたため、右農業委員会は市の前記工事は違法であるとして、その中止を命ずるに至つた。そこで原告も遂に同年一二月一五日知事に対し、とりあえず、右土地の一部について使用目的変更の申請手続をとるに至り、右申請に対し同二八年一月一五日知事の許可があつて、漸く工事を進めることができるようになつた。しかしこのために右建設工事の進行は非常に遅れ、入居者にも多大の迷惑を与えたのである。
2 なお耕作者に対する離作料の問題について、原告には行政手腕がなく、交渉拙劣であつたため、右問題を迅速、適切に解決し得ず、その間耕作者は市に対し坪当り金三〇円という多額の離作料を要求するに至り、これに応じないときには市営住宅建設に支障を来たす実情となつたので、被告は止むなくその要求額を容れ、耕作者に対し、離作料として坪当り金三〇円の割合で昭和二七年一二月二〇日、同二八年二月末日の二回にわたり合計金三九八、五一五円を支払つた。
第二、その職に必要な適格性を欠く場合(前記同法第二八条第一項第三号)に該当する事由
一、明石市処務規則第二六条違反(出勤簿に捺印しなかつた)
同規則第二六条によれば「職員が出勤したときは直ちに出勤簿に捺印しなければならない」ことになつている。しかるに原告は就仕以来本件免職処分まで正当な事由なくして、一度も出勤簿に捺印せず、また担当職員が捺印を求めてもこれに応じなかつた。もつとも原告はその理由として、(イ)、助役の承認があつたこと、(ロ)、我国官公署においては上級幹部、独立組織体の長は出勤簿に捺印しないのを通例とする旨を主張するのであるが、いやしくも明石市職員である以上、市の規則を厳守すべき義務があることはもとよりであつて、原告の理由としてあげるところのものはなんら正当の事由とはならない。しかも原告の右行為は他の職員から規則違反、秩序攪乱の行為として嫌悪と不快の念をもつてみられて来たのである。
二、執務中における飲酒
原告は所長就任当初は禁酒の実をあげていたが、昭和二七年夏頃から性来の酒癖を出して、勤務中にもかかわらず、しばしば単独で或いは他とともに飲酒するようになり、たちまち庁内の噂となつて職員間に強い非難の声をまき起し、また、かかる飲酒の際に原告と面接した一般市民に対し著しく不快の感を与える結果となつた。
三、庁内、外における協調、融和の欠除
明石市事務分掌規則によれば「福祉事務所長は上司の命を受けて所管事務を統轄し、所属職員を指揮、監督する」職責を有するのであつて、上司の命に忠実に、同僚、部下職員とは極力協調、融和を心掛け、もつてその職責を遂行すべきである。しかるに、原告は
(一) 所長在職中の昭和二七年四月頃、いわゆるチユーインガム疑獄事件が惹起するや、その事情を熟知しないにもかかわらず、いたずらに当時の被告市長田口政五郎を誹謗し、庁内において「チユーインガム事件と先の市長リコール問題とで田口市長は近く引退する。誰が次の市長に就任するにしても自分は上手に乗りかえる」とか、「田口市長程悪い市長はない。誰が市長になつてもこれより悪くなかろう。」等と放言し、もつて部下職員等をして市政運営の前途について危倶の念を抱かしめ、庁内の秩序を乱した。
(二) 所長の地位は庁内全課長の右翼であると自慢するばかりではなく、他の課長の悪口、雑言を口にし、毫も協調性がみられず、他の課長の反感を買つた。
(三) 所長として部下職員に対しては極めて官僚的であつて、さ少のことにひどく叱責したため部下職員の反感を買い、その信頼を失い、部下に対する統率力をなくすに至つた。
(四) 所長はその所管事務を行うため、対外的接渉を必要とする場合にあつては、適当に相手方と協調し、もつて迅速、妥当に事務を処理する必要があることは勿論であつて、いたずらに自説を固持して市の事業の遂行を遅延させるが如き行為に出ることは厳にいましむべきである。しかるに原告は、前述の如く前記農業委員会の通告に接しながら、大池土地は農地ではないとの自説をまげず、いたずらに右農業委員会の見解と対立、抗争し、使用目的変更の申請手続をとらなかつた。
四、被告に対する虚偽の報告
大池土地の賃借にあたり、土地の一部に県の賃借権、住宅組合の転借権が残存しているのにかかわらず、原告は被告に対し、土地の全部について賃借権を譲り受けた旨虚偽の報告をした。
以上の事実に照らし、被告は原告が所長として地方公務員法第二八条第一項第一号、第三号所定の勤務実績が良くなく、その職に必要な適格性を欠くものであつて、このまま明石市職員として勤務させることができないと思料し、昭和二八年一月上旬原告に対し辞職を勧告したところ、原告において他に職を見つけるまで暫時の猶予を求めたので、暫定的に原告を調査課主任の職に転じたが、辞職の気配がなかつたので、本件免職処分を行つたのであつて、本件免職処分は同法第二八条第一項第一号、第三号、第二七条に基く適法な処分である。と述べた。
(証拠省略)
理由
原告が大正一三年東京帝国大学法学部法律学科を卒業後、内務省官吏に採用され、昭和一九年秋田県内政部長を最後として退官し、同二七年一月二九日付で明石市福祉事務所長に採用され、その後同二八年一月九日付で調査課主査に転補されたこと、被告が昭和二八年二月二八日付で地方公務員法第二八条第一項第一号、第三号によつて原告を免職処分に付したこと、原告から明石市公平委員会に対し審査請求をした結果、同委員会において原告主張の日時、その主張の判定をしたことは当事者間に争がない。そこで本件免職処分が違法処分であるかどうかを被告主張の各事案について順次考えることとする。
第一、勤務実績が良くない場合に該当の各事案
明石市福祉事務所設置条例第二条(乙第一号)同市事務分掌規則第六条(乙第二号)によれば、福祉事務所は市営住宅使用料の徴収、同住宅建設用地に関する事務を所管事務として取り扱うものであることが認められる。
一、第一、一の事案(市営住宅使用料の滞納額の増大)について
被告の主張にそう証人池田虎一、同田口政五郎の各証言は後記証拠に対比し、たやすく措信できない。かえつて、証人渡辺一郎の証言、原告本人の供述によると、原告が所長在職中の滞納額はせいぜい金一八〇、〇〇〇円位の増加に止まつたことが認められ、他に右認定を覆し被告主張の如く金一、五〇〇、〇〇〇円余の増加があつたとの事実を認めるに足りる証拠はない。しかして、成立に争がない甲第二号証の一、証人松尾園治、同中川定式、同渡辺一郎の各証言によると、昭和二七年三月一日付で定員について市条例が改正された結果、福祉事務所の住宅係職員数も数名の減少をみて、人員がかなり不足したため、原告において右滞納使用料の徴収に力を入れようとしても十分の成果が挙がらなかつたことが認められるのであるから、右滞納額の増加を原告の責任として、直ちに勤務実績が良くないものとすることはできない。
二、第一、二(一)の事案(交渉拙劣による用地買収の失敗)について
明石市の昭和二七年度市営住宅建設用地の第一候補地として川崎産業株式会社所有の明石市所在元川崎航空機工業株式会社跡の土地が選定されたこと、原告が主管者として右用地買収の事務を担当し、同社側と交渉したが不成立に終つたことは当事者間に争がない。被告は右交渉の不成立は原告の交渉が拙劣であつたためであると主張し、証人藤岡秀一、同池田虎一は右主張にそう証言をするが、右証言はたやすく措信できず、かえつて証人渡辺一郎の証言、原告本人の供述によると、原告が右用地の買収について川崎産業株式会社の役員と交渉したが、市の予定していた坪当り代金三〇〇円ないし金五〇〇円に対し、先方では金二、〇〇〇円を主張し、結局、代金の点で余りにも双方の意見が違つたため、遂に交渉を打切る外なかつたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。しからば右用地の買収が実現しなかつたことについては原告にその責任を負わす筋合でないこと勿論であつて、これによつて原告が勤務実績が良くない場合にあたるものとすることができない。
三、第一、二(二)12の事案(工事遅延、離作料)について
イエス団所有にかかる大池土地が市営住宅建設用地の第二候補地として選定されたこと、大池土地に県が賃借権を、その一部に住宅組合が転借権をそれぞれ有していたこと、原告が主管者として大池土地賃借のため、兵庫県吉田建設部長、同錦田建設課長、イエス団竹内代表理事、住宅組合長多田順一と交渉の結果、昭和二七年九月四日大池土地賃貸借等について右関係者との間に協定(内容の点については暫らくおく)が成立したこと、大池土地の耕作者の立退、離作料の問題について、多田順一が耕作者代表である利用組合役員と交渉を重ねたが、金額の点で交渉が難航したこと、被告主張の頃、市において市営住宅建設工事に着手し、工事を進めたこと、被告主張の日時、明石市明石地区農業委員会から被告主張の如き内容の通告があつたこと、これに対し、原告が直ちに知事に対して大池土地について使用目的変更の申請手続をしなかつたこと、市から耕作者に対し離作料(金額の点は暫らくおく)を支払つたことは、いずれも当事者間に争がない。成立に争がない甲第三号証、乙第一〇号証の一、二、同第一一号証、同第一三号証、証人渡辺一郎の証言によつて真正に成立したと認める乙第五号証の一、二、同第六号証、同第九号証、証人多田順一の証言により真正に成立したと認める乙第八号証、証人渡辺一郎、同村上義光、同多田順一、同土井義行、同矢田敏夫の各証言、原告本人の供述及び弁論の全趣旨を総合すると、前記協定の内容は、(イ)、兵庫県と住宅組合の間に締結されている大池土地の内一〇、〇〇〇坪についての転貸借契約を解除し、住宅組合において右転借地を県に返還する。(ロ)、所有者イエス団承諾のもとに、県が大池土地約五二、〇〇〇坪の内、右組合返還の一〇、〇〇〇坪を含めた約四八、四〇〇坪について有する賃借権を全部明石市で譲渡する。(ハ)、ただし、明石市において県、県住宅協会が将来県営住宅等を建設する場合には右賃借地の一部使用を許すこととし、住宅組合に対しては同組合の既設の住宅五戸の敷地を含めた三、五〇〇坪についてその使用を許す。(ニ)、住宅組合は耕作者に対する立退交渉について明石市に協力する。(ホ)、市から住宅組合に対する補償については後日当事者の間でその金額、支払時期及びその方法を協定する。以上のものであつたこと、そこで原告は早速耕作者に対し立退を求めることとなつたが、既に、住宅組合が右三、五〇〇坪の地上に住宅五戸を建設し、その際、多田順一は組合長として耕作者との間に右土地明渡の接渉を重ねた経験もあり、同人を起用して前記立退交渉に当らせるのが問題を解決する上に良策であると考え、同人を通じて、まず、昭和二七年度市営住宅一〇〇戸の建設用地約一〇、〇〇〇坪の耕作者五三名に対する立退交渉を始めたこと、明石市建築課では昭和二七年一〇月三日被告に対し右同年度市営住宅一〇〇戸の内まず一二戸の工事施行伺を出し、即日被告がこれを許可したこと、同月一六日に至り右建設工事の計画を聞知した前記農業委員会から市長宛前記通告を発したこと、それにもかかわらず被告及び建築課の方では大池土地が農地ではないという見解を有し、予定どおり同年一一月四日入札を行つたうえ、当時既に耕作者の内、九名から立退を得ていたので、翌五日右建設工事に着手したこと、一方原告もまた(イ)、大池土地の前記賃貸借の交渉に当り、イエス団、県、住宅組合の前記関係者がいずれも大池土地が農地ではないことを前提として話を進めて来たこと、(ロ)、明石市農地委員会が昭和二二年一二月一九日付で大池土地につき買収計画を樹立したが、異議の申立によつて買収されなかつたこと、(ハ)、大池土地はもと溜池であつたが戦時中住宅営団が川崎航空機工業株式会社々宅建設用地として使用するためにこれを埋立て、戦後は所有者イエス団から兵庫県に公営住宅建設用地として賃貸中であつたこと等に照らし、大池土地が農地ではないとの見解を持ち、当初は右通告にしたがつて、直ちに大池土地使用目的変更の申請手続をとらなかつたが、その後、同年一〇月末頃に至り、とにかく右通告の線にそつて使用目的変更の申請手続をとることを決意したが、右手続には耕作者の離作承諾書の添付が必要であつて、原告及び多田順一の努力にもかかわらず、前記の如く離作料の金額の点で交渉が難航し、容易に耕作者から右承諾書をとれなかつたこと、その理由は、当初耕作者の代表である利用組合の方では坪当り金三〇〇円の離作料を要求したのに対し、市側ではもとよりその金額を容れる意思がなく、当初は坪当り五円の線を出し、容易に双方の調整が得られなかつたこと、によること、その後昭和二七年年末に近づき、耕作者側に大池土地から立退く以上、離作料は年内に受領したいという希望的意思が出たため、原告及び多田順一は協議の末、遂に坪当り金三〇円まで譲歩し、内金二〇円を明石市が負担し、内金一〇円を住宅組合が明石市から補償金として受領する金五〇〇、〇〇〇円の内より負担して、年内に支払う旨の案を立て、右金三〇円の案にそつて、なおも交渉を続けた結果、昭和二七年一二月一七日遂に交渉が妥結し、耕作者から即日離作承諾書を得られるに至つたこと、その結果、被告から知事宛に、同月一二日付で農地法第五条による許可申請手続をとり、翌二八年一月二一日付で知事から許可を得たこと、しかして阪神間においては離作料は地価の五割位が普通であり、大池土地の地価は凡そ金八〇〇円ないし金一、〇〇〇円が相当であること、大池土地の耕作者の使用権限が明瞭ではないとはいえ、大池土地はもと川崎航空機工業株式会社社宅建設用地であつたが、戦後、市が交渉して地元民に大池土地を耕作させることに尽力したという事実もあつて、耕作者の立退に当り支出した坪当り金三〇円(但し明石市の負担は金二〇円)の離作料は、一般の例に比し決して高額ではないことがいずれも認められ、反対の証拠はない。被告は右市営住宅建設工事は前記農業委員会の中止命令によつて中止の止むなきに至り、そのため工事の進行が遅れたと主張するが、この点に関する乙第一三号証(但し証人村上義光の証言の記載部分)及び証人池田虎一の証言は措信できず、かえつて証人村上義光の証言によれば右農業委員会から被告主張の中止命令が出されていないことが認められ、反対の証拠はない。以上の認定事実に照らせば、原告が大池土地賃借にあたつた当初から、その交渉の相手方であるイエス団、兵庫県、住宅組合の前記関係者はいずれも大池土地が農地でないとの前提に立つていたところ、突然、前記農業委員会から大池土地が農地である旨の通告がなされたため、急に農地であるかどうかという問題が起つたが、被告及び建築課の係員も大池土地が農地でないという見解のもとに右通告にかかわらず工事を進めているのであつて、独り原告にのみ右通告に反する見解をとつたことを責めることはできず、また、県知事に対する前記申請も耕作者の離作承諾書が離作料の点で容易に入手できなかつたため右申請手続をとり得ない事情にあつたのであるから、仮に右申請手続が右通告後、直ちにとられなかつたために工事が遅れたとしても、それは原告が前記の如く通告に反対の見解をとつたこととはなんの関係もないことであつて、しかも原告において右離作承諾書を入手するため、種々努力を払つたことが認められる本件においては、原告に対し昭和二七年度市営住宅建設工事を遅延させる行為に出たこと、明石市をして多額の離作料を出さしめたことを理由に勤務実績が良くない場合にあたるものとしてその責任を問い得ないことはもとよりである。
第二、その職に必要な適格性を欠く場合に該当の各事由
一、第二、一の事案(出勤簿に捺印しない事実)について
明石市処務規則(乙第三号証)第二六条によると「職員が出勤したときは直ちに出勤簿に捺印しなけれならない」と規定しているところ、原告が昭和二七年一月二九日所長就任以来出勤簿に捺印しなかつたことは当事者間に争がない。しかし、出勤簿に捺印しないという原告の態度が被告主張のように庁内で各職員から嫌悪と不快の念をもつてみられたとの事実はこれを認めるに足りる証拠はない。成立に争がない乙第一三号証、証人松尾園治、同安福正雄、同渡辺一郎、同東市太郎、同中川定式の各証言及び弁論の全趣旨によると、明石市においては課長以上のものの出勤簿は秘書課に保管されていたこと、原告が所長就任当初、秘書課の女子職員が原告に対し出勤簿に捺印して貰いたいとうながしに来たこと、そこで原告は当時の助役松尾園治に捺印の必要の有無を尋ねたところ、助役は当時明石市においては規則の上ではともかく、実際には課長以上のものの間では必ずしもすべてが捺印しているとは限らず、捺印していない事例もあり、また兵庫県においても保健所、県税事務所、その他出先機関の長は捺印しなくともよい慣例になつていることを思い合せて原告に捺印しなくてもよい旨回答したこと、また当時の秘書課長安福正雄においても、原告は事実上課長の内でも最上位の立場にあつて、しかも上司の許可を受けているのであるから必ずしも捺印を必要としないというように解して、爾来原告に対し捺印を求めなかつたこと、原告が捺印しないことについては職員の多くは原告の前歴等からしてとりたててこれを問題とはせず、庁内に被告主張の如き空気が存しなかつたことが認められ反対の証拠はない。原告は、明石市職員である限りは市の規則に従い出勤簿に捺印すべき義務を負うこともとよりであるが、原告が捺印しなかつた理由は前示認定の事情によるものであり、また、課長以上にあつては、さして右捺印が重視されず、ために庁内においても原告が捺印しないことについて、とりたてて問題となつていなかつたこと等を斟酌すると、原告が出勤簿に捺印しなかつたことにより、直ちにその職に必要な適格性を欠くものと断ずることができないと考えられる。
二、第二、二の事案(執務中の飲酒)について
前記乙第一三号証(但し証人渡辺一郎の証言記載部分)、証人多田順一、同土井義行の各証言、原告本人の供述の一部を総合すると、前記の如く、原告が市営住宅建設用地の入手に当つた際、多田順一を通じて耕作者に対する立退交渉をなしまた、住宅組合との間に住宅組合の転借地の返還、これに対する補償などの問題があつたため、多田順一との間にしばしば会合の機会があつた。ところが同人は好酒家であつたため右の各問題について同人と協議、打合せをした際、同人を接待し、その労をねぎろう意味で、勤務時間内においても、時に、湯呑茶碗で二、三杯の酒を出し、自らも飲酒したことが認められ、右認定に反する原告本人の供述部分は措信できない。しかし原告が右以外に勤務時間内に飲酒したとの事実はこれを認めるに足りる十分な証拠はなく、また、原告の飲酒によつて庁内に非難の声が高まり、一般市民にも不快の念を与えた旨の被告主張事実も、この点に関する証人田口政五郎、同藤岡秀一の証言はたやすく措信できず、かえつて、原告本人の供述及び弁論の全趣旨によると、庁内においてせいぜい噂が出た程度のものであつて、対外的にも被告主張の如き憂慮すべき事実がなかつたことが認められる。ところで市職員として勤務時間内に飲酒することは特別の事由のある場合を除いては厳にいましむべきことであるのは云うまでもない。しかし原告の場合、単に自己の満足のために飲酒したのではなく、市営住宅建設用地の明渡を得るために耕作者との間に交渉を続け、問題解決に努力している多田順一の労をねぎらう意味で、右交渉期間中、数回にわたつて所長室において酒を接待したというのであつて、また、その量もさして多くない程度のものであつたことからすれば、あえて深くこれを責むべき程度のものとは云えないのであつて、これをもつて被告主張の如くその職に必要な適格性を欠くものとすることはできない。
三、第二、三(一)ないし(四)(庁内外における協調、融和の欠除)
(一)、(一)の事案について
成立に争がない乙第一三号証、証人渡辺一郎、同藤岡秀一、同松尾園治、同中川定式、同林大、同安福正雄、同池田虎一の各証言によると、原告が所長在任中の昭和二七年四月頃いわゆるチユーインガム事件なるものが発生し、地方自治法第八一条による市長解職の請求にまで発展したこと、これらの事件について庁内でも職員間に種々批判や意見が出て、かなり動揺したこと、原告においても所長室などで「国際的、国内的に問題となつた事件を起した以上、市長としては道義的にも政治家としての責任をとるべきである」旨の批判を発したことがいずれも認められ、右認定に反する証拠はない。しかし全立証によるも被告主張の如く原告が個人的な悪意をもつて田口市長を誹謗したことを認める証拠はない。してみると庁内の動揺の原因は前記事件の発生自体にあるのであつて、庁内においても職員間に批判や意見の開陳があり、原告もその一人として批判を行つたというのであつて、この行為をもつて或いは慎重を欠いた行為といえるかも知れないが、それによつて直ちに原告がその職に必要な適格性を欠く場合に該当するとは云えないと思料される。
(二)、(二)の事案について
全立証によるも被告主張の如き事実が認められない。もつとも第二、三(二)掲示各証拠及び弁論の全趣旨によれば、昭和二七年秋、課長たちの月見の会の酒席で、原告が酔余、「骨のある課長はいない」をいう趣旨のことをいつたこと、また、他の課長達において平素から原告の前歴、学歴等からして、同人をいわゆる大物として敬遠していたこと、原告としても日常の勤務の上でその必要がないというところから殆んど他の課長との交渉がなかつたことが認められるが、しかし原告においてことさら他の課長の悪口、雑言を口にし、その間に協調を欠き、ために同人等の反感を買うようなことはなかつたことが認められる。
(三)、(三)の事案について
証人渡辺一郎、同池田虎一、同田口政五郎の各証言によると、原告が所長在任中、その部下である柏原喜蔵との間は必ずしも良くなく、互いに反撥し合う状態であつたことが認められ、また、原告において同人の事務能率の点などから同人を強く叱責したこともあることが、うかがわれないではないが、証人渡辺一郎、同東市太郎の各証言、弁論の全趣旨によれば、原告はその部下職員を理不尽に叱りつけて、その反感を買つていたという事実がなかつたことが認められる。
(四)、(四)の事案について
この点に関する事実関係は前示第一、三において認定したとおりであつて、以上認定事実に照らせば、原告が被告主張の如き事由でその職に必要な適格性を欠くものとは到底考えられない。
四、第二、四の事案(虚偽の報告)について
昭和二七年九月四日成立した協定は(イ)、明石市が県から県が大池土地について有する賃借権を全部譲り受けること、(ロ)、そのため住宅組合と県の間について締結されていた一〇、〇〇〇坪についての転貸借契約を解除し、右土地を住宅組合から県に一応返還すること、(ハ)、但し、明石市側では県の要請がある場合には県に対して公営住宅建設のために大池土地の使用を許すとともに、住宅組合に対しても、同組合は既に住宅五戸を建設済であり、約三、五〇〇坪の土地を現実に使用している現状に鑑み、その使用の継続を承認する旨の内容を有するものであつたことは前示認定のとおりである。してみると、仮に原告から被告に対し大池土地についての賃借権を県から全部譲り受けた旨の報告をして、同時に右(ハ)の条項を付加して報告しなかつたとしても、それが地方公務員法第二八条第一項第三号の事由ともなるべき虚偽の報告があつたとまで云えるかどうか、はなはだ疑問である上、右(ハ)の条項を黙秘して報告したことについては、この点に関する証人田口政五郎の証言はたやすく措信できず、他にこれを認める証拠はない。しからばこの点に関する被告主張事実はこれを認めることはできない。
しからば被告の挙示する各事由は、その事実が認められないか、または、地方公務員法第二八条第一項第一号、第三号に該当する程度に至らず、したがつて、原告は右条項に該当する場合にはあたらないものであるから、右条項に該当するものとしてなされた本件免職処分は同法第二七条に反する違法免職処分といわねばならない。
よつて、被告に対し本件免職処分の取消を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 村上喜夫 西川太郎 小河基夫)